歌姫 フローリア・トスカとその時代(3) ~歌劇トスカ Libretto「台本」~
歌劇トスカ Libretto「台本」
【第二幕】
ファルネーゼ宮殿。
月の夜ふけ。
日付が変わろうとする深夜、中庭に灯かりがともる。
窓辺の影絵はスカルピア男爵の一室。
そこにカヴァラドッシが連行されてきます。
「あの脱獄囚をかくまったであろう。さあ白状しろ」という事です。
けれど彼はしらを切り通します。
そこへトスカが恋人の助命をしに登場します。
ほくそ笑みながらトスカに近づくスカルピア。
そして耳元でこう囁きます。
「貴女の恋人が今、まさに拷問をうけている。さぁどうだ。貴女も何か知っておるだろう」
耐えきれなくなったトスカ 「彼は・・・アンジェロッティは・・・庭の井戸の中で・・・身を隠していると聞きました。」
そう白状してしまいます。
ここへ知らせの者がやってくる。
「大変です!男爵! ナポレオン軍が勝ちました!メラス将軍が敗走いたしました!」
一同騒然となる。
この報を聞いたカヴァラドッシ 「ナポレオンが勝ったのだ!イタリアは解放される。共和制万歳!」
そうしてスカルピアを罵倒します。
スカルピア 「こいつを連行して処刑にせよ!」と部下のスポレッタに命じ、カヴァラドッシは連行されていきます。
室内は、トスカとスカルピアの二人っきりになります。
狂ったように恋人の助命を請うトスカ。
スカルピアはトスカに取引を申し出ます。
「ならば貴女と今晩一夜をともにしたい。もし貴女が応じるなら安心するが良い。処刑は見せかけで空砲に過ぎぬ。」そうして彼女の身体を求めてきたのです。
どうしようもできなくなったトスカは、アリア(独唱曲)「歌に生き、恋に生き」を歌う。
神様、わたくしはいままで、芸術に忠実に、愛に切実に、まっとうな道を生きて参りました。
なのに何故このような目にあわせるのですか?という事です。
この舞台の一番の見せ場。
アリアとは独唱曲と訳します。
が、ただ独唱すればよいのではありません。
日本の歌舞伎でいう「見栄を切る」というやつと共通するものがありますでしょうか。
つまり魅せどころです。
歌い終わったトスカの肩に手を回し 「よろしいのかな?同意を。トスカよ。貴女の恋人の命も後、一時間だ。さあどうする。」と迫るスカルピア。
ナポレオン一行の軍靴の音が迫る中。
各国首脳が戦々恐々とする中。
ローマ警視庁のその長は何をしていたか。
女性をくどいていたのですよ。
仕方なくうなずくトスカ。
スカルピア 「他に何か願いはあるのかな?言ってごらんなさい」
トスカ 「見せかけの処刑が終わったら私たち二人をどうか国外へ逃して欲しい」 というのです。
スカルピア 「よろしい。では貴女方二人の通行許可を発行するとしよう。」 と言うと、書斎で通行許可を発行するためにトスカに背を向けました。
その間、トスカはテーブルの上に短刀を見つけ、これを後ろ手にもって背後に隠します。
通行許可を発行したスカルピアが戻ってきます。
彼がトスカを抱擁しようとしたその瞬間、トスカは後ろ手にもっていた短刀をスカルピアの胸に突き刺します。
床に倒れるスカルピア。
通行許可を手にすると、急いでファルネーゼ宮殿を後にするトスカ。
もう夜が明けようとしています。
我が恋人が待つサンタンジェロの城へ。
さあトスカ、急いで!
【第三幕】
カヴァラドッシの銃殺刑。
サンタンジェロ城の屋上。
テベレ河は大蛇がのたうちまわるような様相でローマ市内を流れます。
その向こうにサンタンジェロ城があります。
サンタンジェロ城は、139年にハドリアヌス帝のお墓として建てられました。
しかし帝政ローマにほころびが生じた暗黒の中世では、サンタンジェロは要塞に姿を変え、ローマ教皇の有事の避難場所としても使用されたのですよ。
近づく朝焼けにトスカが仰いだ頂きの大天使ミカエルは、名君ハドリアヌス帝の建築プランにはなかったものです。
螺旋状の階段をトスカは急ぎました。
もうすぐ恋人の銃殺刑が始まります。
朝を告げる教会の鐘がいくえにも鳴り響きます。
屋上で銃殺刑を待つカヴァラドッシは、最後の懺悔すら断ります。
そうして看守から紙とペンを借りて、トスカにお別れの手紙を書いたのです。
ここでカヴァラドッシは最後のアリア(独唱曲)「星は光りぬ」を歌い、絶望の胸中で処刑を待ちます。
そこへ、トスカ 「マリオ!落ち着いて。処刑は見せかけで空砲なの。あのスカルピア男爵が部下のスポレッタにそう指示したわ。それからスカルピア男爵から二人の通行許可を発行してもらったの。見せかけの処刑が終わったら一緒に逃げましょう!」
やがて兵士が処刑の準備を整えます。
「撃たれたら、うまく倒れてね」 とトスカは言い、カヴァラドッシから離れます。
そうして砲台の陰にかくれ、事のなりゆきを見守りました。
銃声がしました。
カヴァラドッシが倒れます。
兵士が立ち去ると、トスカは倒れた彼のもとへ駆け寄ります。
トスカはカヴァラドッシを抱きしめます。
が、彼は立ち上がらない。
それどころか反応すらないのですよ。
見せかけではなく本当の銃殺刑だったのです。
半狂乱になるトスカ。
その時、ファルネーゼ宮殿でスカルピア男爵が殺害されたのが発覚し、警視庁のスポレッタが屋上に上がってきます。
「犯人はトスカ、お前だろう」詰め寄られるトスカ。
黒髪を振り乱し、涙目で嗚咽を抑えきれないトスカ。
カヴァラドッシの元から立ち上がる。
身をひるがえすとほんの一瞬でした。
サンタンジェロ城の屋上からテベレ河に向かって身を投げたのです。
スポレッタや兵士たちが屋上からテベレ河を覗きこみます。
しかし、朝焼けのローマの町にいつもと変わらぬテベレの流れがあるだけでした。
喧騒の中で緞帳が下りたのです。
《つづく》