「かたち」のいたずら。「いろ」のおまじない(7) ~たびさきで出会った絵のお話し~
短い夏の小旅行。アロイス・カリジェゆかりの村を訪ねて。②
その日は午後から夕食までフリータイムという予定。
ちょっと時間持て余し気味・・・でしたら!アロイス・カリジェの生まれ故郷、トゥルンの町でも散策してみましょう・・という事で「短い夏の予定外の小旅行」となりました。
駅前の山小屋風喫茶店で、チーズとサラミのサンドウィッチそれからりんご等、お昼ご飯を買い込んで各駅停車に乗り込みました。
学生の頃にかじり読みした漱石の「マッチ箱のような汽車である」ってあの一文は「坊ちゃん」であったであろうか?本当にそんな感じの小さな車両。
樹々の切れ間から時々、見える真っ青な空。
開け放った窓からむせ返るような夏草の香り。
切符を拝見!の老車掌氏に「日本のお菓子たべるゥ?」って女性のお客様。
なんだか列車に揺られているだけで楽しいです。
出発を告げる合図すらなく、私たち一行を乗せたその旧式風情の各駅停車はゆっくりと動きだします。
立派な威容を誇る駅前の修道院も、いつの間にか遠景で小さくなっていきます。
ディゼンティスの駅を後にしたら、やがて轟々と音をたてて峡谷を行く乳白色の流れを車窓から見ることでしょう。
「みなさんライン川ですよぉ。」
『ローレライ』というあの唱歌で広くしられた“父なるライン”は、様々な物資を運びドイツ平野部を悠々とたゆたうけれど。
源泉はスイスのクラウビュンデン地方の山懐に、ひっそりと小さな湖面に水をたたえているのですよ。
確かト-マ湖だっただろうか・・・遥か昔、古代ローマ人たちがゲルマニアを遠征調査した際に、史家タキトゥスがそう記録したはず。
そうこうするうちにトゥルンの町に列車は到着しました。
実を申しますと私もこの町は初めてです。
でも大丈夫!
わからなかったら地元の誰かにきけば良い。
我が町を訪問した外国からの人が道に迷っているなら喜んで道案内してくれたりします。
でなくとも、スイスという国は街路の標識もしっかりしているから多分、だいじょうぶ!
そんなわけでまずは郷土民芸博物館でもあるスルシルバン美術館という場所を訪問してみました。
初めて訪問した町で、道行く人や駅の係員さんなど色々な人に訊きながらで、とても満足のいくガイド役はできなかったけれど・・・
トゥルンの町の楽しみは、カリジェが一般の商店やかつての住居、それから学校の外壁などに作品を遺しているところにもあるのですよ。
雑貨とチーズを売るお店の外壁に少女フルリーナ(カリジェが制作した絵本『フルリーナと山の鳥』の主人公)が描かれていたり、学校の外壁には町の演劇で東方三博士に扮した子供たちが描かれていたり・・・。
なるほど、旅の愉しみとは路傍の草木にもどれだけ私たちが愛情の手を差し伸べてあげることなのだと気づかせてくれる事のように思うのです。
そんな中で最も印象に残ったカリジェ作品は、聖マルティン養老院の礼拝堂のためにカリジェが67歳の時に 制作した『十字架への道行き』という作品です。
『十字架への道行き』は、イエス・キリストがゴルゴダの丘の刑場に引かれるまでの場面を15に分けて描いているのだけれど、そのイエス・キリストの表情の趣が何とも良いのです。
トゥルンの町は丸一日過ごすにはとてもじゃないけど時間余剰かなあ・・・?
カリジェ作品の持つあの感触に触れてみたいという方には、半日くらいならお勧めです。
今後も恐らく旅行会社のコースにはとりあげられないだろうから、行くとなったらご自分で計画たてていくしかないと思います。
さて、一行13名と私は帰りの列車に揺られて、
「暑かったあ!早く帰ってシャワー浴びたいわあ。それで早く夕飯でワインのみたいわぁ」
ってそんな帰り道。
夏のスイスは特に平野部では30℃を越える日もあって、意外と炎天下の時もあるのです。
でも私たちの国がお盆を迎えるころくらいでしょうか。
スイスでは途端に襟元で風が冷たく感じることもあるのですよ。
そうしたら夏の間、付近の酪農家たちが山に預けて草を食んでいた牛たちが、町へ向かって少しずつ下されてくるのですよ。
そうして秋を迎えるころ本格的な「牛おろし」の行事。
風に乗って聞こえるあのカウベルの音は、「短い夏」の終わりと冬の支度を急かしている気がしてならないのです。
《つづく》