「かたち」のいたずら。「いろ」のおまじない(14) ~たびさきで出会った絵のお話し~

肖像画の世界

こんなちょっと変わったポーズをとった、当時の最新のファッションに身を包んだモデルさん。

『見返り美人図』と題された菱川師宣(ひしかわもろのぶ 1618年~1694年 元和4年~元禄7年)の作品。

どこかでご覧になったことあると思います。

この作品が、浮世絵(今の現代風俗を描く作品)の始まりを告げる記念碑的作品でもあります。

ようやく絵の中に市井の人物が描かれる時代がやってくるのです。

菱川師宣『見返り美人図』
17世紀 東京国立博物館

さて、西洋美術においては、どんな経緯で市井の人たちが題材として扱われるようになるのでしょう。

そもそも欧州の美術はその主題において何を描いてきたのか?

それは、歴史宗教(新・旧約の聖書に出てくる物語り)・神話(古典のローマ、ギリシアの神々やその逸話)。

この三本柱が西洋美術の主題なのです。

ではいち早くそんな西洋美術の主題が「現代風俗」にも及んだその国はどこでしょう。

答えは、北部ネーデルランド。

つまり現代でいうオランダです。

オランダは、かつて「風俗画」がとっても普及した国なのです。

それは何故なのでしょう?

それは、オランダの教会が内陣や祭壇を飾る「宗教画」を必要としなくなったからなのです。

従来のカトリック擁護の君主や国々の教会堂は、夥しい数の美術品で飾られております。

それはフランスやスペイン、イタリアにおいてとても顕著です。

そんな中で、オランダのように「カトリックとしての生活の規範」よりも「合理的な暮らし」を目指し、従来の価値観にとらわれず、いわばベンチャービジネスにも果敢に挑戦できる土壌を育む。

従来の風習に捉われない、プロテスタントにはそんな気概があります。

それがプロテスタントのものの考え方です。

主イエスキリストのお考えに触れるならば、「聖書」の中にこそ答えがあるのです。

だから夥しい祭壇画や美術作品を飾り、聖職の道に携わるものを通してしかイエスの教えに触れることができないカトリックの教会堂の在り方に反発するのですよ。

だから、オランダはじめプロテスタントの教会堂の内陣は、とても簡素な飾りつけなのです。

一方で中世以来、ヨーロッパの教会堂は画家のパトロンの役割を果たしてきました。

教会堂があるからこそ美術品はその価値を発揮するし、腕の良い画工らが活躍したのです。

だからオランダでは、美術のパトロンから教会堂がその役割を終えますと、富裕な市民層たちが取って代わるのです。

教会堂を飾っていた絵が役割を終えると、黄金の大航海時代を迎えたオランダは新興富裕層が家族肖像画などを描かせ、自宅内を飾ったのです。

だからオランダは他国に先駆けて“風俗画”が普及した国です。

オランダ黄金の世紀にはたくさんの風俗画や人物画(肖像画)が存在しますが、フランス・ハルス(1582年~1666年)の作品を紹介したいと思います。

フランス・ハルス 『陽気な酒飲み』
1628年頃 アムステルダム国立美術館

画中のお殿方、どうやら視線も覚束ない感じだし、ひょっとしたら足元は千鳥足かな?

この時代のネーデルランド絵画では、お酒の席やちょっと泥酔気味の御仁が描かれるようになるのですよ。

そんな中でもフランス・ハルスは独特のタッチの風俗画を遺しています。

今回の最後の作品として、近代肖像画の中でも傑作とされているフランスのエドゥアール・マネの作品をご紹介いたしましょう。

『すみれの花束をつけたベルト・モリゾ』

ベルト・モリゾはフランス印象派期の女流画家であり、エドゥアール・マネ(1832年~1883年)の肖像画モデルをつとめた人でもあります。

モネはモリゾを描いた作品を10作以上残しており、ついでに申しますとモネは9歳年下のモリゾにきっと「淡い想い」を抱いていたのですよ。

でもその想いは結実することなく、プラトニックなままで終わりを告げます。

何故ってマネは既婚者でしたから。

奥様のお名前はシュザンヌ・マネ。

奥様の肖像画はあまり残っていないのに、モリゾを描いた作品はたくさんあります。

女流画家モリゾはこの作品の二年後、マネの弟ウジェーヌ・マネと結婚いたします。

ではでは、この肖像画のどこに着目いたしましょうか?

1、まずはモリゾの描き方

つぶらな瞳を大きく見開きうっすら笑みを浮かべています。

えっ?

好きな殿方にしか見せない表情?

きっとモリゾも画家マネのことを好きだったのかな?

揺らめくかのような甘さが漂ってきませんか?

肖像画は君主や貴族を描く時、写実の中に「権威」「威厳」を強調してきましたが、近世になって描く肖像画は対象の「内面」や「想い」をどう表現するかに重点が置かれるようになります。

エドゥアール・マネ『すみれの花束をつけたベルト・モリゾ』
1872年 画布に油彩 オルセー美術館

2、モリゾの黒い服とすみれの飾り

モリゾが着ているのは黒い衣装。

つまりマネは、「黒」を「色」として表現しようとした最初の画家なのですよ。

そして薄いグレーとベージュの背景。

同時期の印象派の絵画の特徴である、短い筆のタッチで描く「光の粒子」の表現が、この絵では抑え気味で控えめな色調。

だからモリゾの表情や仕草、フォルムが活きてくるのかな?

それからモリゾの胸元に飾られたすみれの花がご覧になれますか?

フランスの花言葉では、すみれに「秘めた愛」の意味がこめられているのだとか。

そのすみれが小さくモリゾの胸元に隠れているのは「ひそかにあなたを思う」から!

なんですって!

《終わり》