車窓に映ったその景色。オリンピックの町(1)
車窓に映ったその景色。オリンピックの町
1972年8月26日。
その日。ミュンヒェンの町は熱気に包まれました。
開会式会場となったオリンピックスタジアム。
やがて「夏は来たりぬ」の混声合唱が会場に響きます。
遠景で青く霞むバイエルン地方の山並み。
好天に恵まれたとは言え、8月の終わりは木陰に佇めば時としてアルプスの風が冷たく感じることもあります。
そうして夏季オリンピック第20回大会ミュンヒェン大会、いよいよ開幕いたしました。
南ドイツ、バイエルン地方。
その都がミュンヒェンの町。
かつては王室ヴィステルバッハ家のおひざ元で芸術を育んだ町、森鴎外が衛生学を志し青春時代を過ごした町、オクトーバーフェスト!あるいは一万人の酔っ払い!秋の頃には盛大なビール祭りで賑わう町、そしてそしてサッカーの強豪チーム、FCバイエルン・ミュンヒェンが本拠を置く町。
観光でいうならば、ミュンヒェンの町を訪ねたなら必ずお客様たちをご案内する、南ドイツのハイライトがあります。
それがかつての王室ヴィステルバッハ家、第四代国王ルートヴィッヒ2世国王陛下が築城した白鳥城と呼ばれるあの優美なお城。
そんな観光名所を目指す時、かつてのオリンピック記念公園がさりげな~く車窓を通過することがあるのです。
そういたしますと、バスの前の方に座っているお客様が
「添乗員さん。あれなに? あれなに? なあ あれなに?」
やはり窓辺に映るその景色、お客様も気になるのですよ。
だから私たちプロの添乗員は、日本にいる出発準備の段階やあるいはお休みの日でも、国別ネタ帳みたいなのを仕込んでおくのです。
言ってみれば時にガイドさんの役割もするのです。
その情報源は本やネット、テレビ、美術館など。
様々なところにアンテナを張って仕入れて、よお~く自分なりにまとめておいてこそ、現場でタイミングよく活かすことができます。
では、その車窓を通りすぎるミュンヒェン・オリンピック記念公園のご紹介です。
「はい。では皆様方、前方にとっても特徴的な円筒形の建物が見えてきたでしょ。
こちらがBMW社の社屋。それから博物館を併設しています。
BMW社はドイツではダイムラー社、ベンツ社についで三番目に長い歴史を誇る自動車メーカーです。
その創業は18世紀末まで辿るのですよ。
ということは我々の国がロシアとの海防問題に頭を悩ませていた頃です。
併設した博物館は創立当初のモーターサイクルからクラシックカー、
未来の車や航空機エンジンなどが展示されていてとても興味深い内容の博物館です。
そうしてそうしてBMW社から道路を挟んで公園と競技場がご覧になれますか?
こちらが1972年に第20回夏季オリンピックが開催された時の開会式会場です。
もう50年ほど昔の出来事になるのですね。
この大会では日本からは男子・女子選手あわせて219名が参加。
獲得したメダルが29個。
そんな中でも大活躍だったのが男子バレーボールチーム!
それから男子器械体操。
特に塚原光男選手が競技でみせた「月面宙返り」は
体操界における革命とまで呼ばれ話題になりました。
でもこのオリンピックが開催された17日間の間にとっても悲惨な事件が起こりました。
パレスティナ解放機構の一部の過激派が選手宿舎に侵入し、
敵対するイスラエルの選手団を人質にとって籠城するっていう事件が発生したのです。
最終的にはこのテロ行為によって11人の選手が生命を奪われてしまうという
悲惨な結末を迎えたのです。
史上最悪のオリンピックなどと新聞紙上をにぎわせました。
いっその事、当オリンピックは中止にすべきでは!と喧々諤々、議論が交わされましたが、
結局予定された17日間の全ての競技は行われたのです。
《つづく》